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松山城観光徹底ガイド!難攻不落には理由があった!穴場のおススメルートも!

日本旅行記

松山市の中心部にある松山城は、加藤嘉明によって慶長7年(1602)から四半世紀もの歳月をかけて築城しました。

21棟もの重要文化財があり、「現存12天守」のうちのひとつとしても貴重な建造物です。
攻守の機能に優れた連立式天守で難攻不落の城としても有名です。

「日本100名城」にも選ばれており、「日本さくら名所100選」や「日本の歴史公園100選」の指定も受けています。

松山城へのアクセスはこちらで解説しています。
駐車場も多いので車でも行きやすいです↓↓
伊予松山城への行き方・リフト料金と徒歩で行く登山道コース紹介!おススメ駐車場も

松山城天守までの道のりガイド!難攻不落の理由とは?

難攻不落の城の名の通り、天守まで行く道のりは険しいもので、
様々な攻撃の仕掛けが施されているこの松山城。

天守閣までの道のりにある松山城の見どころを紹介していきます。

美しい城壁は打ち込みはぎ

城壁は初期のころは「野面積み」、戦国時代辺りから「打ち込みはぎ」そして江戸時代以降は技術が進歩して「切り込みはぎ」へと変わっていきました。

松山城は下にある城壁は「打ち込みはぎ」、上に進んで行くと「切り込みはぎ」で出来ています。

この「切り込みはぎ」の特徴は側面は切り落とされているものの石の形はまばらで隙間を小さな石で埋めているところにあります。

石をよく見ると割るときに出来た痕跡が残っており、当時の作業の様子がうかがえる。
石にも「目」があり、それに沿って割らないときれいに割ることが困難でした。

まず最初の関門!待ち受ける戸無門

松山城当時の正規ルートは黒門口登山道です。
敵が黒門口から攻めてきた場合まず待ち受けるは戸無門

戸無門はその名の通り門はあるけれども扉がありません
一方まっすぐ進むと中ノ門が待ち受けそこには扉がある。

勢いよく攻めてきた敵はここで迷いが生じ、もちろん扉がある方が天守閣へつながる道であろうと進んでみるもそこは行きどまり

最初から開いていたほう正解の道であったのです。

これにより部隊の陣形や速度、勢いをそぐことにつながりました。

狭間と隠門から敵を攻撃!

戸無門から入ってきた敵はここで石垣で勢いがそがれ、さらには広場にたまってしまいます。

そうなったところを櫓の上から「狭間」と呼ばれる穴から弓矢で攻撃します。

集中砲火を受けて逃げ道石垣にへばりつくしかありません。狭間から真下に弓矢は打てないため。

そこで「隠門」から松山軍が出てきて狭間の下にいる敵を撃退するというのが松山城の戦略。

上から見ると左の戸無門から来た敵は赤の場所にたまり、上から狙われます。青色に避難したところオレンジ丸の隠門から松山軍がでてくるという仕組み。

非常によくできた戦略で難攻不落の城であったことがよくわかります。

筒井門の扉は宮内庁から

筒井門は1949年に放火で焼けており、現在あるものは1971年に再建されたもの。

柱は700年もの、扉は一枚板の楠が使われています。こんなに大きな木がどこから調達したのか気になるところ。
扉の板は宮内庁の予備資材から100万円で調達したそうです。

本当は何もなかった本丸

現在は桜の名所としても有名でその時期には美しい景色を見せてくれる本丸ですが、当時は何もない更地だったそうです。

それは敵が攻めてきたときに見えやすくするためなのだそう。

隠れるものがなければ狙われやすくうかつに攻め入ることは出来なくなるということです。

山の上にあった井戸

ここの場所には井戸もありました。

ここから穴を掘ったわけではなく、天守と反対側は谷であったそう。

そこに流れていた小川を石で囲い、その周辺を埋め立てて同じ高さ作り上げたそうです。

ようやく!天守閣が見えてきた!

ここまで来てようやく天守閣へと着きました。

さらに天守閣にも仕掛けが施されているわけですが、ここまで来るにも戦力は半減していそうですよね。

松山城天守閣入場料

天守閣へは入場料510円、小学校以下は150円で入れます。
ここまで来たら必ず天守閣へ行ってくださいね。料金以上の価値はありますよ。

こちらで天守閣内の仕掛けを詳しく説明しているので参考にしてください↓↓
現存天守12城の一つ!愛媛・松山城天守閣紹介☆連立式の難攻不落の城

天守閣はきれいな切り込みはぎになっています。
天守閣に近づくにつれより美しい城壁に変わっていきます。

天守閣周辺を巡る穴場ルートがあった!

皆さん天守閣へは行くかと思いますが、その城壁周辺を観光されている方は大変少なかったです。

けれどこっちが貴重だったりするのです。

天守閣の横!逆扉の紫竹門

紫竹門は竹の茂みに隠れて、本丸広場方面を観察する仕組みも持つのでこの名がつきました。

この門は、本丸と搦手門(裏門)を仕切る門ですが扉は逆に作られており、オレンジの部分は内向きの狭間、青は外向きの狭間になっています。

これはもし搦手門(裏門)が破られた場合に紫竹門を閉じて攻められることを防ぐという役割を果たしました。

塀も最後は武器にする!

狭間を要したにはほかの城にはない支えがついており塀は木の上に乗っかっている独特なつくりになっています。

これは緊急時には支えを外して塀を上から落とせるように、これも武器になるように造られています。
松山城の塀はどこもこのような造りです。現在はコンクリートで補強されています。

国の重要文化財!野原櫓

松山城の本丸の北に位置する野原櫓は防衛の役割を担います。

そしてこの野原櫓は望楼型天守の元となったといわれています。
望楼型は上部と下部が違う構造で、入母屋造の下層部の上に、物見櫓が乗っているタイプの天守です。

この櫓内には中央に通し柱がなく、梁が通っているだけで、その上に物見櫓を載せた造りになっており、全国で唯一の現存事例であり貴重な建物です。

建物は1591年から1615年の松山城築城時に建設されたと伝えられ、城内最古の建築物の一つと考えられています。

乾門から見る松山城がベスト写真スポット!

松山城を観光される方で紫竹門から野原櫓まで見て引き返す方が多いみたい。
ぜひ乾門から出てみてください。

ここからの景色は連立式天守が見え、二段構えの石垣、そして乾門と主要な建物が一堂に会しているベストポジション

しかも人がいないので建物だけ写すことが出来ます。

テレビに出ている有名な方もここのアングルがベストだと話していたようです。

おススメルート!手つかずの城壁が見れる

本丸公園を戻らずにこのまま乾門を出て外周を回って戻ります

草の生えた歴史を感じる城壁とその高さを感じましょう。

下はなだらかな斜面で登れそうかと思いきや上に行くと90度に反り返っています。これで侵入はできません。
現在は地盤の変化で中腹が盛り上がってきているのだそう。

打ち込みはぎの見事な城壁です。

ピンクが美しい!桜の一種「陽光」

ソメイヨシノは咲いていませんでしたが、代わりに「陽光」という桜が咲いていました。少し早いタイミングで咲くらしく、ソメイヨシノよりピンクが鮮やかで美しかったです。

この陽光の品種開発にはストーリーがあり、戦時中、青年学校で教師だった高岡正明さんが「戦死した教え子たちの鎮魂と、世界恒久平和への願いを託して新しい桜を自分の手で作ろう」と、生涯を賭けた桜の新品種開発を行い、試行錯誤を繰り返し、30年後、ついに桜の新品種登録第一号となる「陽光」を生み出します。

愛媛県東温市で生まれ92歳で亡くなった「知られざる偉人」高岡正明氏。
この生涯をモデルになんと映画化されているのです。
http://www.movie-yoko.com/about.html

笹野高史さんが主演で多くの賞を受賞しています。

難攻不落は本当だった!見どころたっぷりの松山城

天守閣は攻められてきたときに籠城する場所です。

ということは防御の要は外の城壁であり、門であったのでしょう。

見どころが多く、松山城には3時間近く滞在してしまいました。

でもそれくらい見どころは多く、まだすべて見れていない気がします。

おそらく何度来ても楽しいかも。

松山は見どころがまだまだあります。

短期旅行に松山に行ってみましょう!!

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世界40ヶ国を旅して8年間海外生活をしていました。
主にオーストラリアに7年生活し、ドイツで半年仕事したり、その他ヨーロッパ・アメリカ・ニュージーランドを旅人したり。
自分が海外や日本で体験してきたこれまでの経験や情報、体験談をシェアしていくブログ。
海外生活8年間の記録を綴っています。

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