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松山城の天守閣内部を解説!四国の名城!現存十二天守は見どころ満載だった!

日本旅行記

お城といえば「天守閣」というイメージがありますよね。

これは戦国時代に流行し、織田信長、豊臣秀吉を筆頭に多くの大名が相次いで天守閣を造るようになりました。

戦国時代が終わり、江戸幕府が行った法整備により次第に天守閣の意義が薄れ、新しく造られることは少なくなりました。

生死をかけた戦いがあるからこそ機能性を重視し、様々な仕掛けを施したお城や天守が造られました。当時の生きる知恵の詰まった建造物は現代に生きる人々を魅了し、戦国時代の様子を思い起こさせてくれます。

難攻不落の城である松山城はたどりつくことさえ困難です。
城までの道のりはこのガイドを参考にしながら登って来てください↓↓
松山城観光徹底ガイド!難攻不落には理由があった!穴場のおススメルートも!

松山城は現存天守12城の一つであり、連立式天守で難攻不落の城と呼ばれた貴重なお城。
お城好きだけでなく日本で行っておきたい観光名所です。
今回は天守閣をご紹介します。

松山城守備の要!天守閣を見学しよう!

松山城は一度1784年に落雷によって焼失しています。ですが1854年に再建されました。

塔のように屋根を重ねた層塔型天守です。

入場料金

天守閣への入場は有料です。
中学生以上510円

ロープウェイ乗り場でセット価格でも販売しています。

城内から攻撃!石落としにも種類がある

天守入口から見える石落としは左側は箱型の「戸袋型」
右側にあるのが「腰袴式」と呼ばれます。

ここから侵入してくる敵に対して石や汚物、煮え湯などを落としたといわれています。

天守周辺は美しい「切り込みはぎ」

天守周辺は「切り込みはぎ」で造られています。
時代は江戸の末期のことだそう。
このきれいな石垣はもちろんすべて手作業です。

松山城の下にあった「打ち込みはぎ」は江戸の初期のものなので時代としては200年ほどの差があります。

天守は本壇の地盤面から4m高く石垣を築いた天守丸の上に構築されています。

天守までの「七曲り(ななまがり)」

天守までも簡単に来ることは出来ません。入り口から90度にくねくね曲がりながら、松山城は8回曲がってようやく到着できます。

これを「七曲り」と呼びます。

敵が勢いを殺すためにわざと曲がり角を多くしています。
これは6回でも8回でも「七曲り」です。

太刀と刀の違い

この二つの大きな違いは刃が上向きで腰から抜くのか、下向きなのかということ。

それぞれ手前側に銘が掘ってあり、左は刃が上向きで「刀(かたな)」

右は刃が下向きの「太刀(たち)」です。

それぞれ刃の反り方が上と下で違いがあります。

「太刀は履くもの」と言われ通常、鎧甲冑の外に装着する、靴を履くのと同じで太刀は「履くもの」。

刀よりも長めに作られているために、刃を下にして手を伸ばして納刀することが効率が良いとされました。

逆に「刀は差すもの」といわれ、腰に差すという表現があり、袴の帯に差す、体の一部として身に着けるもの

太刀よりも短く作られているので刀は刃を上向きで抜くことができる。
すぐに戦闘態勢に入れるため、こちらの方が効率が良いとされました。

結構こんがらがってしまう「刀と太刀」実際にやってみないとどちらがどう効率が良いのかわからないかもしれません。。。

るろうに剣心で剣心が腰に差しているのは刀ですね。

実際の刀の重さが体験できる

本物は結構重い!!軟弱な体では到底振り回すことはできません。

火縄銃も体験できる

ここでは火縄銃で実際に狭間から敵を狙ってみることもできます。意外と小さい狭間から敵を狙うのも技術が必要です。
ちなみに「火ぶたを切る」という戦の始まりに使われるこの言葉はこの火縄銃からきているのだそう。

石落としからの攻撃

先ほど外から見ていた石落とし。中から見るとこの隙間から攻撃するものなのですね。

実際に石などを落とす際は石垣をめがけるそうです。すると跳ね返った石はどの方向に飛ぶかわからず拡散して攻撃できたのだそう。

当時の木造建築の作り方

当時の木造建築は釘で落ち込むわけではなく、木を特殊な形にかたどってはめ込むやり方で造られていました。

甲冑は背中に注目

加藤嘉明がつけていた甲冑ですが、いつの時代につけられていたものか背中を見て推測することが出来ます。

背中に着いている筒のようなもの。これに旗を刺して戦いのときに出陣したとされます。これは大将はつけませんし、下位の武将もつけることはできません。
上級武士の時代の鎧であると想像できます。兜も素晴らしいのでその辺でも区別はつくかと思いますが。

流浪の身から成りあがった加藤嘉明ですからここまで来るのに大変時間がかかったと思います。

上から見る「二の丸」「堀之内」

城主などが通常の生活をしていたのがこの二の丸。写真中央下にあり、現在は部屋の形に区切られて池に代わっています。

そして左上にある池が堀之内

層塔型天守の特徴「通し柱」

天守内には4本の通し柱が走っています。下層でははっきりとわかりますが、上層に行くと見えなくなってしまいます。

これは上層部が小さく設計されているため、建物の外に出ていて外壁の一部と変わっています。

下層部からの太さの同じ4本を注目しながら上に行ってみてください。

松山城天守閣入口にあった「着見櫓」

城においては「月見櫓」と表記され字のごとく「月を眺める」ための櫓多い中、この櫓は「到着したのを見る」ための櫓として機能していました。

櫓からこのように監視して、敵か味方か判断し、戦のあとに戻った武士の人数確認などをしていたそうです。

松山城の連立式天守

このように大天守が各櫓とつながれた城を「連立式天守」と呼びます。これは防御に長けた造り
そのため見学される際も外に出ずに天守まで見ることが出来ます。

ほかにも姫路城・和歌山城がこのようで、防御性としては最も高い配置となっています。

松山天守は見どころ満載!観光には余裕をもって!

現存している木造天守として貴重であり、連立式天守の防御に長けた造りを攻められた時のことを考えながら見学すると楽しいかもしれません。

中には甲冑体験できる場所などお子さん連れでも楽しめます。

松山にはほかにも観光名称で100名城にも選ばれる「湯築城」や道後温泉

松山城から車で1時間ほどで今治城に行くことが出来ますので遠くから訪れても十分遊んで帰ることが出来ます。
今治城も藤堂高虎によって築城されたお城です。

こちらで詳しく解説していますので参考にしてください↓↓
日本100名城!今治城を観光しよう!アクセス・駐車場・歴史を解説!城主藤堂高虎

松山城への行き方はこちらのブログを参考にしてください↓↓
車でも電車でも行きやすい場所にあります↓↓
伊予松山城への行き方・リフト料金と徒歩で行く登山道コース紹介!おススメ駐車場も

最近は格安航空で松山空港に行けますので交通の便はよくなっています。

ちょっとした週末旅行で来れそうですね!
愛媛・松山城に行ってみましょう!

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