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【なぜ禁止に?】ウルル登山から見る日本人の歴史認知度【聖地であるとの認識】

オーストラリア生活録

ニュースで話題になりました。オーストラリア「ウルル」の登山禁止。
2019年10月26日より全面的に禁止されるようです。

そして先日このようなツイートをしました。

「今月末から登山禁止の豪ウルル、列成す駆け込み客に批判噴出」

禁止になる前に駆け込みでウルル登山に訪れる観光客が多いのだそう。
それがSNS上で批判を浴びています。
そして悲しいことに日本人が多いそうです、、、

あくまでも観光地の決まられた範囲内で楽しんでいるので問題はないのですが、問われているのはモラルの問題。

かねてから日本人の観光の仕方に疑問があり、この問題はその典型的な行動のような気がしました。
今回はウルルがなぜ登山禁止になったのかの歴史背景と旅行に対する日本人の考え方についての疑問を述べたいと思います。

【なぜ禁止に?】ウルル登山から見る日本人の歴史認知度【聖地であるとの認識】

ウルル(エアーズロック)が登山禁止に!その理由とは?

ウルル(エアーズロック)が禁止になった理由。

それは「アボリジニーの聖地」だからです。

1万年ほど前にウルル周辺に住み着いたオーストラリア先住民であるアボリジニー。
彼らはウルルを聖地として崇め、表面にある穴やくぼみから精霊が宿ると信じてきました。

そのウルルはオーストラリア政府と旅行会社によって観光開発が行われ、現在は多くの観光客が集まります。

リース料が貴重な収入源

観光業の一環としてウルルの登山が進められました。
ですが、アボリジニーの間では一部の祭司以外は登山を認めていません。

それでもウルル一帯を貸し出しているリース料などがアボリジニーの貴重な収入源でもあるため仕方なく認める形となります。

数年後、ここで改めてアボリジニー側の意見が尊重され禁止の方向へと進みました。

アボリジニーとウルルとオーストラリア政府の歴史

先住民であるアボリジニーはイギリスを中心とするヨーロッパ人達により土地を奪われ、植民地化していきます。

白人による虐殺やヨーロッパ人が旧大陸から持ち込んだ伝染病により50万人から100万人ほどいたアボリジニは1920年には約7万人にまで減少しました。 今ではアボリジニーの人口は徐々に回復し、1996年には約35万人になります。

そんな悲しい歴史を持つアボリジニーでしたが1967年にようやく市民権を認められます
そして土地の権利にも変化が起こります。

1976年にアボリジニ土地権利(北部準州)法が制定された際にウルルは対象から除外されていたため、1970年代後半からピチャンチャチャラ評議会及びセントラルランド評議会は法の改正を要求するロビー活動を展開した。その結果、1983年11月にホーク政権は法の改正とウルルの所有権を伝統的所有者に返却することを宣言した。そして1985年10月26日、ウルルの所有権はオーストラリア政府から本来の所有者であるこの地域のアボリジニ(アナング、Anangu)に返却され、同時に2084年まで一帯の土地を環境エネルギー省にリースされることとなった。ウルル周辺にもアボリジニの聖地がいくつかあり、許可無く立ち入った場合は罰金が科せられる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、ウルルの土地所有権がアボリジニーに返却され、オーストラリア政府は2084年までリース契約料を支払って借りているという状態になりました。これがアボリジニーの貴重な収入源です。

観光地としては仕方ない。でも登山はご法度

ここまででわかるようにオーストラリア政府にとっては観光業の一環として運営しています。
なので「ウルル登山」を認めていますが、アボリジニーにとってはやめてほしいという状況。

アボリジニーの希望はむなしく、登山用の手すりまでがウルルに取り付けられました。

むやみに触れても欲しくないこの聖地ウルル。ましてや登山はご法度です。
観光客もウルルを見に来たのにそれに登って何を感じるのでしょうか?上から眺める必要性は?

日本にもある「神聖な領域」

日本でも神社やお寺は「神聖な領域」。その場所で外国人が好き勝手な場所に入って写真を撮っていたり騒いでいたらいい気持ちはしませんよね。これに似ていると思います。

このような「マナー」に対しては日本人は敏感であると思います。

ですが、今回は多くの日本人が「登山が禁止になる前に」とウルルへ殺到したのでしょうか。

歴史に興味がない日本人

日本人は歴史について無知であることが多いです。外国の歴史や宗教、経済状況などを理解をしている人が少ない。

かつて自分がオーストラリアへ留学したとき、海外の歴史に無頓着な日本人が他国の留学生と歴史や経済の話をして失礼な発言を目にしたことが度々ありました。

日本を知らない外国人から「日本と韓国は一緒でしょ?」とか言われたらいい気分はしませんよね。

それを「知らなかったんです」という言葉で正当化してはいけないように思います。
現に相手を悪い気持ちにさせているわけですから。

知らないことは調べる・勉強するという意識

自分はその留学前に日本史と世界史を改めて勉強しました。

海外に行くのに日本の歴史や世界の歴史について知らないことが恥ずかしいと考えたからです

義務教育の期間では社会の授業にあまりに無関心でまるで違う世界の話を聞いているようでした。
いざ海外に行くときに知らないことが多すぎました。

実際に勉強したおかげで留学では失礼な言動は避けることができ、深みのある会話が出来たように思います。

観光地に求めるもの、それはビジュアルのすごさ

歴史に興味がない日本人にとって観光地に何を求めるのでしょうか?

それは「すごい景色!」とか「壮大な大自然!」とか観光にはビジュアルを求めるようになります。

今でいうインスタ映えしている場所。
ぱっと見て「すごい!」「きれい!」とわかる場所。

単純ではありますがそのような傾向があるように思います。

なぜこのような場所が出来たのか、造られたのかなどを深く知り、景観のすばらしさを感じるとさらに観光は楽しくなるはず。

例えば京都に旅行に行ったあと「京都って日本のかつての首都があった場所だよね。どうだった?」「えっ、そうなの?清水寺はすごかったけど。。。」ではもったいないと思いませんか?

歴史を知って深い旅行に

自分がウルルにオーストラリアの観光ツアーで行ったときに添乗員さんが「ウルル登山をオススメしません」と言っていました。
旅行会社によってそのような呼びかけはされているようです。

日本人はまず先住民アボリジニーと白人の歴史、オーストラリアがどのようにして建国された国なのか理解をしていないのではないかと思います。

旅行にいくときも調べていないのではないかと。

ウルルに限らず日本人は歴史を知らない、調べない、勉強しない傾向にあるような気がします。
ツアー会社は道中でその歴史まで話すべき。

きれいな写真を撮ることもいいですが、それだけではない観光の魅力を感じてもらえたらと思います。

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